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娘の食物アレルギーは「私の学び」

娘の食物アレルギーが発覚して早7年の月日が経ちます。

・・・で、タイトル通り「私が」学んだことを。。。

あくまでも、主観なので…不快に感じる方がいたらごめんなさい。

まだまだ、娘のアレルギーは真っ最中ではあるんですが・・・

今日30代最後の誕生日を迎え(笑)、最近いろいろ考える機会が多かったので、

ちょっと書いておこうと思いたちました。

続きはたたみます。。。。(長いです)


今だから言えるのですが、離乳食中から小学校入学までは悩みました。

3歳までには、6歳までには治る…そんな言葉にすがりつつ、裏切られ。。。

娘が2~3歳の時は本当に必死でした。大豆もだめでしたしね(日本人なのに~)。

卵を誤食したら、直後に下痢を数回、直後に嘔吐なんてことがよくありました。

小麦を食べたら、咳をし始めて喘息発作。。。

バナナを食べたら、顔がはれ、 モモを食べてジンマシンが一気に出て

いちごを食べれば肌が荒れ、かんきつ類では下痢をする。

食べさせるもの、食べさせるもの、いつもヒヤヒヤ。

精神的に落ち込んでいた時期は、何もかも後ろ向きで・・・・。

除去食にも疲れきっていて。。。

なんというか…「もう私はダメかもしれない」といつも思っていました。

治療に対する先の見えない不安と、小学校生活への不安(今考えればこれは杞憂でしたね)。

娘のアレルギーは私の今までの生活のせいなのか?

夫のアレルギー体質のせいなのか?(ホコリはだめです)

私のアレルギー体質のせいなのか?(花粉症です)

いったい私の何がいけなかったのか?

なぜこんなひどい目に「私が」合わなければならないのだろう?と

ほしくてやっと授かった子供だったはずなのに

なぜこんな子を授かったのだろう?とそんなことばかり思っていました。

天はなぜこんな試練を私に、娘に、与えるのか?

今だから言えますが、江原さんの講座に1年間通ったこともありました。

(きっとその当時周囲の人間は、とうとう宗教にはまったと思っていたことでしょう。)

でも、それをきっかけにいろいろと自分を冷静に見つめるようになりました。

そして、

この出来事から私自身は何を学んでいるのか?

を考えるようになりました。

食の大切さとか普遍的で一般的なことではなく、(もちろんそれも学びました)

食物アレルギーから娘自身が学ぶことは別にして…

私という人間がこういう子供を授かったことは

私の人生においてどんな意味があるんだろうと。

私は食物アレルギーを持つ当事者(娘)ではない」んですよね。

当事者でない限り、最悪、離婚してわが子を捨てることで

食物アレルギーから逃げることも可能なわけで。。。

でも、一番近い「母親」という存在でもあるわけで。

食物アレルギーの娘を育てる中で、いつもネックとなる様々な葛藤や

他人とのやりとりで生まれる自分の醜い感情や弱さ…

そんなものを冷静に見つめ、「内観する」につれ、

おのずと答えは見えてきました。

これは「私の学び」だったんだなぁと。



私には「おごったところ」があったんだと思います。

それを思い知らされたって感じかな、と思っています(笑)。

心のどこかで、「何事も努力さえすれば何とかなる」と思っていたんです。

でも、努力だけではどうにもならないことも

世の中にはたくさ~~~んある。。。あたりまえなんですけどね。

他人のことはとくに…そうですよね。不治の病もそうですね。。。

そのことが、理屈ではわかっていても、本当に理解してはいなかったんだと思います。

きっと恵まれていたせいでしょうね。

私は、弱者を理解しようとせず、努力しない人にはとても冷たく

受け入れられないなら、付き合わない、切り捨てる、

そんな冷酷な考え方の持ち主だったんだと思うんです。

次々食べられないものが発覚する病気の娘に対しても

(別件ですが…変な言動をする義母に対しても(苦笑))

私の努力ではある種どうしようもないものでした。

「なぜこんなもの食べられないの?」と思った回数は数知れず。

娘が不憫というよりは、娘の現実を受け入れがたかった。

それでも、結婚してしまったし産んでしまったし逃げられない現実。

時計の針は戻せない。

そのくせ、離婚することも、娘を手放すことも、私にはできない。



私の、この人生や生と死、人に対する傲慢な考え方そのものが

私自身をさらに追い詰めて行きました。

食物アレルギーを持つ子供の親として、うまくコントロールできなきゃ母親失格。

治さなきゃ!守らなきゃ!努力しなきゃ!と自分を追い立てる日々。

頑張りすぎていたんですね。

努力できない頑張れない人間に価値を置かない私。

自分に対してもそれは同様。

人生や生と死や、すべてにおいての謙虚さがたりなかったので。。。

自分を責め、娘を責め、夫を責め、社会を責め、運命を恨み。。。

ボロボロになって気がついたことは

・・・・もう、あとは私が変わるしかないということ。

「ありのまま受け入れる」しかない…。

病気であることを、治らないかもしれないことを「受け入れる」

ハードル高いですね~本当に。禅のこころを感じます(茶道やってます(笑))。

不治の病を前にしたとき、私自身はそういう境地になれるのだろうかと

今も時々考えます。

「病気を受け入れる」とか「他人を許す」ことから始まる

ってこともあるんですよね・・・。それが私には一番欠けていた。

それが最後に行き着いた結論でした。

「病気を受け入れる」「病気と生きて行く」と腹をくくってしまえば

あとはもうひたすら、歩いて行くしかない。

そうなると、やっぱり、物事はとらえ方次第なんですよね。

あれもできない、これもダメ、これもこれも食べられない!!

なんて悲劇的で救いのない状況だろう。。。

すべてが終わってる!!

そうですよね~本当に。確かにそうなんですが…それを決めるのは自分自身なんですね。

「できない」から不幸なのではなくて

「できることに感謝できない」から不幸なんだと。

「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」…相田みつをさんの言葉ですが

この言葉の意味をいやというほど考え、感じた7年でした。

娘のアレルギーは完治はしないかもしれないけれど、「生かされている」

その中でのささやかな幸せを見つけることで、不幸は不幸ではなくなるんです。

それは娘自身の課題でもあります。

そう考え出すと、私の苦労は…苦労の内に入らないですよね。

夫は元気で仕事もあるし。

義理の母は心に病のある人ですが、介護が必要なわけではないし

周囲迷惑をかけながらも1人で生活してくれている。

娘だって食事の制限はあるけれど

日常生活は楽しく元気に普通に過ごせているし、学校大好きです。

理解してくれ、配慮してくれる人たちもたくさんいます。

そして!、私はポンコツながら、心身ともに健康に生かされています。。。

本当はもうそれだけで十分感謝に値することなんですよね。

平凡な幸せは…なくしたときにその大事さに気がつくんですよね。

40前になってやっとやっと、そんなことを実感する日々です。

苦労知らずだったのよね~私やっぱり。


「学び」だったんですね…やはり。

今は本当にそう思います。いえ、そうとしか思えない。。。

むしろ娘が食物アレルギーを持っていなかったら…と思うと

その自分の傲慢ぶりと思いやりのなさが恐ろしいとさえ思います。

娘の食物アレルギーに感謝できる日が来るとは自分自身も思いませんでしたし

正直今でも信じがたいです(笑)。

でも!!、こんな言い方ちょっと変かもしれませんが、

娘に食物アレルギーがなかったらなかったで、別の形で

学ぶべきだった私の課題だったのでは?と思えるんですよね~~~なぜか今は。

なかなか渦中にいると思えないんですけど

今はそう思えるから不思議です。やはり改善しつつあるからでしょうかね。。。

娘を抜きにしても、

この年齢でいまさらですが(笑)私自身が一歩成長したな~と思います(笑)。




それから、たくさんの人に頭をさげ「助けてもらうこと」

私にとっては最もできないことのひとつだったんですね。

変なプライドが高すぎて。。。

今でこそ「お互いさまなんだ」と思えますが

当時は、「他人を助けたい」とは思っても、「助けられることはしたくない

という意地というか見栄というか…。

どんなことでも、自分が努力し、我慢すればいい。

他人から「かわいそうに」と憐れまれるなんて屈辱的!!

って思うところがあったんだと、今ははっきり自覚しています。

でも、娘がいる限り、娘を社会から隔離できない限りは、

病気の娘を他人に託し、預け、お願いしなければならない。

他人にわが子の「弱い立場」を説明し、理解してもらえるように、でも、卑屈になることなく

見栄を張ることなく、誠実に説明しなくてはならない。

そして、信じて、託して、お願い、しなくてはならない。

現実問題として、私1人でどうにかなる問題ではないんですね。

文字にすると大したことは全然ないんですけど…、

私自身の心の葛藤はすごかったです。まさにジェットコースター。

感受性が豊かといえば聞こえがいいですが、感情の起伏が激しいので

たった一言、相手はそんなに深い意味で言っていない一言でさえ

悔しくて悲しくて眠れないこともたくさんあり…。

その感情を抑えるのにすごいパワーが必要で。。。

私にとってはハードルは思った以上に高かったです。

こんなこと、なんでさらりと笑って流せないんだろう?っていつも思うんですけど(笑)。

だから、食物アレルギーの娘を授かって

これは本当に「私の反省と学び」だと思っています。。。

それによって、弱者の立場を知りましたし、世の中の弱者への冷たさも

同時に、わからないなりにわかろうとしてくれるたくさんの善意の人々に出会いました。

みなさん、わが子ではない娘のためにいろいろ配慮をしてくださいました。

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。





大学の科の同窓会報で、亡くなった方たちの訃報を読んで

こんな記事を書いてしまいました。

この記事で、不快な思いをしたかたも

いらっしゃるかもしれません。ごめんなさい。

あくまでも、私の主観であり、私自身の反省と学びです。


でも、やりたいこともたくさんあっただろう亡くなった若い後輩や

小さな二人のお子さんを残して逝った先輩を思うと・・・

やはり日々生かされていることに感謝して、前向きに精一杯生きなければと

また新たに思ったしだいです。


前を向いてあるこう、と思います。

こうして生かされているのだから、

まだまだ学ぶべきことも、すべきこともあるのだと信じて。。。。

きらめず、からず、ごらず、こたらず、さらず。。。

そして頑張りすぎず。。。。頑張ります(笑)






テーマ : アレルギー・アトピー
ジャンル : 育児

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